
EUのFit for 55規制と2035年エンジン禁止を巡る議論を整理し、なぜ『まずFit for 55の現実を理解すべきか』を制度・市場・政治の観点から解説します。
はじめに:2035年論争が空転する理由
ネット上、以下のコメントに違和感を覚えました
AI要約していますので、原文そのままではありません。
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欧州の「2035年エンジン禁止撤回」を巡る報道は、「EV終了・エンジン復活」派と「実質不変」派に二極化。しかし現状は、そのどちらでもない 第三の状態にある。
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正確な比喩は「ゴールポストはまだ動いていないが、それを固定していた杭は抜かれた」状態。杭が抜けた以上、市場環境・景気・政治情勢という「風」が吹けば、ゴールポストはいつでもズレる、あるいは倒れ得る。
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大手メディアが「今さら方針転換か?」と騒ぐのは的外れ。
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EU規則には当初から2026年の見直し条項が明記されており、これは理想論が破綻した際の政治的逃げ道として意図的に組み込まれていた。
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今回の動きは政策転換ではなく、最初から用意されていた伏線の回収が始まっただけ。今後は、市場の現実を見ながら、2035年のゴールはなし崩し的・段階的に動かされる可能性が高い。
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最大の被害者は自動車メーカー。「2035年禁止」を前提に巨額投資を強いられ、直前になって「柔軟対応」と言われるのは経営上の致命傷になり得る。
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欧州メーカーにとって最大のリスクは、中国メーカーではなく 不安定で風見鶏的な欧州政治・官僚機構そのものである。
上記を踏まえた論点を解説していきます
欧州における「2035年エンジン車禁止」を巡る報道は、ここ数年で何度も過熱と沈静化を繰り返してきました。
最近では「禁止撤回」「方針転換」といった刺激的な言葉が踊り、一方では「EV一辺倒は終わった」「エンジン復活だ」と声高に叫ぶ人々が現れ、他方では「90%削減目標なのだから本質は変わらない」と冷静さを装う論調も目立ちます。
しかし、これらの議論の多くは、重大な前提を見落としています。
それが「Fit for 55規制」の現実です。
2035年という“ゴール”だけを切り出して論じる限り、この議論は何度繰り返しても本質に到達しないのです。
Fit for 55の本質は「2035年」ではない
Fit for 55とは、温室効果ガス削減を目的とした包括的な政策パッケージであり、自動車産業において注目されがちなのは2035年の新車CO2排出ゼロ目標です。
しかし、制度の実効性を決めているのは、実は2035年ではありません。
本質は、2025年から2030年にかけて急激に厳格化されるフリート平均CO2排出規制と、
それに違反した場合に科される高額なペナルティにあります。
この規制カーブは極めて急峻であり、純ICE車はもちろん、HEV(ストロングハイブリッド車)ですら2030年時点で平均値を満たすことが難しい設計になっています。
つまり、制度上の勝負は2035年を待たず、2030年以前にほぼ決着しているのです。
HEVもICEも「すでに絶滅寸前」という現実
Fit for 55の枠組みを冷静に見れば、「2035年にエンジンが禁止されるかどうか」という問い自体が、すでに現実から乖離していることが分かります。
ICE(内燃機関車)は、排出量そのものが規制水準と乖離しており、販売台数を維持すればするほどメーカーの首を絞める存在となるのです。
HEVも一見すると環境対応車に見えるが、フリート平均という集団評価の前では決定打にならず、
EVを大量に売らなければ帳尻が合いません。
結果として、多くのメーカーにとって、2030年以前にICEやHEVが主力商品であり続ける余地はほとんどないのです。
この意味で、「Fit for 55の時点でHEVもICEも事実上の終焉を迎えている」という認識は、極めて現実的です。
それでも2035年が語られ続ける理由
では、なぜ実務的な意味が薄れつつある2035年が、これほどまでに議論の中心に居座り続けるのか。理由は明確で、2035年が政治的・象徴的な装置だからです。
2035年という期限は、工場閉鎖、雇用削減、事業売却といった痛みを伴う決断を正当化するための旗印として機能してきました。
「EUがそう決めたから」という一言で、企業経営者は社内外の反発を抑え込むことができます。
言い換えれば、2035年は技術目標ではなく、投資と撤退を固定化するための政治的ゴールなのです。
ゴールポストが動くのは当然である理由
このように理解すれば、「2035年のゴールポストが動く可能性がある」という予測は、
決して突飛なものではありません。
むしろ、Fit for 55の設計思想そのものが、その可能性を内包しているのです。
市場の実態、消費者の購買力、インフラ整備の遅れ、エネルギー価格の高騰、産業空洞化への懸念。
これらが積み重なれば、制度を一切変更せずに突き進むことは政治的に困難になります。
しかし同時に、政策の全面撤回は「失敗の認定」を意味します。
そのため、見直し条項を使い、ゴールポストを静かにずらすという選択肢が取られます。
これは場当たり的な対応ではなく、最初から想定された「逃げ道」です。
「2035年を語る意味はない」という言説の限界
Fit for 55の現実を踏まえれば、「2035年を語っても意味がない」という感覚が生まれるのは自然です。
実際、産業実務の観点では、2030年時点で勝敗が決しているケースがほとんどでしょう。
しかし、この言説をそのまま受け取るのは危険でもあります。
2035年は依然として、金融市場、投資判断、サプライチェーン再編において強い影響力を持っています。
実務的には意味が薄くても、政治的・資本市場的には極めて重い存在なのです。
最も正確な整理:まずFit for 55を理解せよ
以上を踏まえると、議論の正しい順序は明確になります。
- まず、Fit for 55によって実質的な勝負が2030年までに決まっていることを理解する
- その上で、2035年が政治的な固定装置であることを認識する
- そうであれば、ゴールポストが動く可能性を想定するのは当然である
この順序を無視して、2035年だけを切り出して語る議論は、現実認識としても政策理解としても不十分でしょう。
欧州メーカーでの明暗が分かれたが、軌道修正が速い
- BEV専用プラットフォーム傾注で、裏目に出たメーカー
- BEV/ICE同一プラットフォームが、吉と出たメーカー
- ストロングハイブリッド車を登場させ、全方位で向かうメーカー
- 全メーカー、ベース車両の48Vマイルドハイブリッド化は全て完了
身を切る計画(BEV化)を早期に決断した欧州メーカーにとって、日本メーカーよりも圧倒的に決断が速いのです。想定されるゴールポストの変更(事業計画の修正)に対して、欧州勢は、機敏に動けるのです。
欧州WLTP(Extra-Highモード130km/h)で日本車撃沈
2020年代前半では、競争力のあった日本勢も、Fit for 55実施確定により、厳しい環境となりました。
欧州勢は、直近の厳しい規制を見越して、欧州勢も48VMHEV、ストロングHEVを強化してきたのです。欧州勢の時間軸・目標は「Fit for 55パッケージ」の達成にあるのです。
結論:議論すべきは「2035年」ではなく「2030年までの現実」
結論として、「Fit for 55の現実を理解してから2035年を語るべき」なのです。
2030年までの規制と市場の現実を直視すれば、2035年のゴールポストが揺らぐ可能性は自然に見えてくるでしょう。重要なのは、その揺らぎに一喜一憂することではなく、すでに進行している現実をどう読み、どう備えるかです。という「まとめ」になります。

