
EUが2035年エンジン車販売禁止方針を撤回。しかし日本メーカーの競争環境はほぼ変わらない。その理由をEU規制の本質、EV・PHEV市場の現実、日本メディア報道の誤解という観点から徹底解説。
はじめに|「エンジン車解禁=日本メーカー復活」ではない
EU(欧州連合)が2035年から予定していた
「エンジン車新車販売の原則禁止」
方針を事実上撤回・修正したというニュースは、日本国内で大きく報じられました。
多くの日本メディアでは、
- 「エンジン車復活」
- 「ハイブリッドに強い日本メーカーに追い風」
- 「EV一辺倒政策の失敗」
といった論調が目立ちます。
しかし結論から言えば、
このEU政策転換によって、日本メーカーの欧州市場での競争環境が大きく改善することはありません。
むしろ、今回の動きは
既に欧州でEV・PHEVの販売基盤を確立しているメーカーのための修正
であり、日本メーカーにとっては「実質的な変化なし」と評価するのが現実的です。
EU方針転換の正確な中身|「禁止撤回」ではなく「基準変更」
まず前提として押さえるべきなのは、今回のEUの動きは
エンジン車販売の全面解禁ではない
という点です。
EUが示したのは、
- 2035年以降の新車CO2削減目標を「100%」から「90%」へ緩和
- 残り10%については、制度上の柔軟性を持たせる
という内容に過ぎません。
これは「内燃機関を守る政策」ではなく、
EV一本化による産業リスクを緩和するための調整
です。
なぜ90%削減では普通のハイブリッドは成立しないのか
数値で見る現実
EUの規制は「車種単体」ではなく、
メーカー全体(フリート平均)
で評価されます。
一般的な排出量の目安は以下の通りです。
- ガソリン車:約120〜140g/km
- 一般的ハイブリッド(HEV):約80〜95g/km
- EV:0g/km(走行時)
仮に90%削減を達成するには、
平均排出量を10g/km前後まで下げる必要があります。
これはHEVでは絶対に到達できない水準
であり、EVを大量に販売しない限り成立しません。
HEVを残せるのは誰か
HEVをラインアップに残せるのは、
- EVを大量に販売できるメーカー
- 高価格EVでフリート平均を一気に下げられるメーカー
に限られます。
これは「技術論」ではなく、
販売構造と市場支配力の問題
です。
欧州市場における日本メーカーの現実
EVでシェアを取れていない
日本メーカーは、欧州市場でEVの存在感をほとんど示せていません。
理由は明確です。
- 車種数が少ない
- 価格競争力が弱い
- EVブランドとして認知されていない
- 法人・リース市場に弱い
EVが売れない以上、
フリート平均を下げることができず、
HEVを残す余地も生まれません。
PHEVでも存在感がない
欧州PHEV市場は、
BMW・メルセデス・VW・ボルボが支配しています。
日本メーカーのPHEVは、
- 車種が限定的
- EV航続距離が短い
- 規制対応設計ではない
結果として、
制度上は存在しても、市場では選ばれていません。
e-fuelは「市場解」ではない
e-fuel(合成燃料)は、日本メディアで
「日本メーカーの救世主」のように語られがちです。
しかし現実は、
- コストが極めて高い
- 供給量が限られる
- インフラが整っていない
e-fuelは
一部の高級車・スポーツカーを存続させるための政治的妥協
であり、量販車の主流になる前提は存在しません。
なぜBMWやVWは成立し、日本メーカーは成立しないのか
BMWやVWがEU規制下で成立する理由は明確です。
- EU規制の設計思想を理解している
- 規制に合わせて商品を設計している
- 高価格EVを販売できる
- 法人・リース市場に強い
一方、日本メーカーは
- グローバル共通設計
- 欧州専用モデルを作りにくい
- EVで利益を出せていない
という構造的制約を抱えています。
日本メディア報道が「事実とは真逆」である理由
規制を「技術論」でしか見ていない
日本メディアの多くは、
- エンジンかEVか
- ハイブリッドは優れている
といった技術論で報じます。
しかしEU規制の本質は
市場構造・販売比率・税制・法人需要
です。
欧州市場を「日本市場の延長」で見ている
日本ではHEVが合理的ですが、
欧州では
- 税制
- 補助金
- 法人リース
の前提が全く異なります。
この違いを無視した報道が、
「日本メーカーに追い風」という誤解を生んでいます。
誰のための規制かを見ていない
今回のEU修正は、
BMW・VW・メルセデスの現実路線を救済するための調整
です。
日本メーカーを救うためのものではありません。
結論|EU政策転換でも日本メーカーの立場は変わらない
EUが2035年エンジン車販売禁止を修正したことは事実ですが、
それによって日本メーカーが欧州市場で急に競争力を回復することはありません。
EVでシェアを取れていない以上、
HEVを残す余地はなく、
e-fuelも現実的な選択肢ではありません。
今回のEU方針転換は、
- 既に欧州でEV・PHEVを売れているメーカーのための修正
- 日本メーカーにとっては「評価環境はほぼ不変」
というのが、冷静かつ現実的な結論の「まとめ」になります。

