
「EUの電動化シフトは日本車に勝てない」「欧州は日本車(特にハイブリッド)に敗れ、やむなくEVへ逃げた」のか?
この論調は、日本では長年にわたり繰り返されてきました。これは世界でほぼ日本の一部メディアだけに存在する解釈です。以下の誤った状況を解説します。
- なぜこの誤認が生まれたのか
- なぜ日本メディアは修正できないのか
- それが日本の自動車産業認識に何をもたらしたのか
1. 前提整理:EU電動化は「敗北」ではなく「合理的更新」
まず確認すべき事実は、EUの電動化シフトは以下の連続した合理判断の延長線上にあるという点です。
- ディーゼルによる高速域燃費改善
- ダウンサイジングターボによるCO₂削減
- 欧州市場(高速巡航主体)に適合した実用燃費の獲得
- WLTP導入による試験法の現実化
- PHEVによる制度対応
- 最終段階としてのBEVによる構造転換
ここに「日本車に勝てなかったからEVへ」という因果関係は存在しません。
2. VWディーゼル事件と「誤った物語」の誕生
日本で誤認が決定的に広がった契機が、:contentReference[oaicite:0]{index=0}です。
日本メディアの典型的構図は次の通りでした。
- 欧州はディーゼル依存だった
- ディーゼル不正で内燃機関戦略が崩壊
- HVでは日本車に勝てない
- だからEVへ逃げた
しかし実際には、当時すでに欧州メーカーはハイブリッド車・PHEVを市販しており、
「作れなかった」「知らなかった」わけではありません。
ディーゼル事件は、EVシフトを始めた原因ではなく、
加速させるための政治的・社会的正当化装置にすぎませんでした。
3. ダウンサイジングターボと欧州市場適合という決定的差
日本メディアの最大の欠落は、「市場適合」という視点です。
欧州市場は、
- 高速巡航が長い
- 定速走行が多い
- 追い越し加速が重視される
という特性を持ちます。
この条件下では、低速域で効率を最大化する日本式ハイブリッドよりも、
小排気量・高トルクのダウンサイジングターボが合理的でした。
つまり欧州メーカーは、EV以前の段階で、
自国市場に適合した燃費性能をすでに獲得していたのです。
4. WLTP導入で露呈したHV評価の限界
さらに決定打となったのが、WLTP燃費規制(Worldwide harmonized Light vehicles Test Procedure)の導入です。
世界的に統一された自動車の燃費・排ガス測定法で、従来のJC08モードに代わり日本でも導入され、より現実に近い走行状況(市街地・郊外・高速道路など)を再現し、複数の走行モード(WLTCモード)ごとの燃費も表示されるのが特徴です。国際基準なのでメーカー間の比較が公平になり、ユーザーは走行シーンごとの燃費を把握しやすくなりましたが、一般的にJC08モードより数値が低めに出る傾向があります。
WLTPは、
- 高速域比率の増加
- 加速の現実化
- 車重・装備差の反映
を特徴とし、欧州実走行に近づきました。
この結果、
- 低速域で強みを発揮するHV
- 重量増を伴うシステム
は相対的に不利となり、ダウンサイジングターボとの差が縮小します。
ここで欧州側は、
「HVは最終解になり得ない」
と制度的に確信するに至りました。
5. EV後半戦で日本が「想定外」になった理由
EV後半戦の主戦場は、
- 電池量産
- 原材料確保
- 規格・認証
- 車載OS・ソフト
です。
EUの政策設計を見ると、主な競争相手は一貫して「中国」であり、
日本は競争相手として想定されていません。
これは日本メーカーが弱いからではなく、
初期の市場創出・規格設計フェーズに不在だった
ためです。
6. 日本メディアが誤認を修正できない構造的理由
ここからが本稿の核心です。
なぜ、日本メディアはこの誤認を長年修正できなかったのでしょうか。
6-1. 基幹産業への過度な配慮
自動車産業は日本の基幹産業であり、
- 雇用
- 広告
- 系列取引
とメディアの利害が深く結びついています。
その結果、
「日本は出遅れている」
という構造的批判が書きにくくなりました。
6-2. 技術論への矮小化
本来は、
- 産業政策
- 規制設計
- 地政学
の話であるにもかかわらず、
- 全固体電池
- モーター効率
- エンジン熱効率
といった研究開発レベルの話にすり替えられました。
結果として、
「量産できない技術への期待」
が現実分析を覆い隠します。
トヨタの世界販売台数世界一のニュースも、「トヨタ勝利」「ハイブリッド勝利論」に拍車を欠けます。世界は、日本車に追い付けないのだと。世界はハイブリッド車を求めているのだと。
6-3. 国内市場中心主義という錯覚
日本国内ではHVが圧倒的に売れており、EVの存在感が薄い。
この生活実感が、
「世界も同じはずだ」
という錯覚を生みました。
しかし実際には、
- 最大市場は中国
- 次がEU
- 日本は例外的存在
です。
6-4. 誤りを認めにくいメディア文化
一度形成された論調を、
- 「実は違っていた」
- 「前提が間違っていた」
と訂正する文化が弱いことも、大きな要因です。
結果として、
小さな事実を積み上げて大きな誤認を温存
する構造が続きました。
7. この誤認がもたらした最大の問題
最も深刻なのは、
負けたことではありません。
「まだ勝っている」「相手が失敗する」
という物語が、
- 危機感
- 投資判断
- 戦略転換
を遅らせたことです。
これは、EVだけでなく、今後のソフト・電池・規格競争でも
同じリスクを孕んでいます。
8. まとめ:必要なのは「勝敗論」ではなく「現実直視」
- EU電動化は日本車敗北の結果ではない
- 欧州は市場適合と制度合理性で次の段階へ進んだ
- 日本メディアは構造的理由で誤認を修正できなかった
- 最大の問題は、楽観論が戦略議論を止めたこと
重要なのは、
EUが正しいか、日本が間違っているか
ではありません。
「世界がどう動いたかを、正確に理解すること」
こそが、次の戦略の前提条件です。
その前提を欠いたままでは、どの技術を選んでも、同じ誤りを繰り返すでしょう。というまとめになります。

