ロータリーはなぜ終わったのか?マツダMX-30とCNF・CO₂回収に見る「物語」と現実の決定的乖離

査定君
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モビリティーショーで繰り返されるロータリー復活の話題、
微細藻類由来のカーボンニュートラル燃料(CNF)、そして走りながらCO₂を回収するという未来技術。一見すると挑戦的で夢がある。
しかし実売台数、採算、規制という現実を並べると、そこにはどうしても無視できないズレが浮かび上がる。ロータリー、MX-30、レンジエクステンダー、CNF、CO₂回収という一連の話題を整理し、それが「ファン文化」なのか、それとも「広報戦略」なのかを冷静に見ていく。

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ロータリーとマツダ──技術ではなく「物語」になった瞬間

ロータリーエンジンは、もはや単なる内燃機関ではない。
それはマツダという企業のアイデンティティを象徴する存在だ。

小型・高回転・滑らか。
理論的には魅力的だが、燃費、排ガス、耐久性という量産車に必要な要素では常に不利だった。

それでも語られ続けた理由は明確で、ロータリーは「技術」ではなく「物語」として機能してきたからだ。

だが、物語は市場で売れなくなった瞬間から急速に力を失う。

CNF(微細藻類燃料)は万能の免罪符なのか

微細藻類由来のカーボンニュートラル燃料は、理論上はCO₂を相殺できる夢の燃料とされている。

しかし現実を見ると、量産性、コスト、エネルギー収支のすべてが未解決だ。

CNFは「将来できたら理論上は正しい」という前提で語られることが多い。
これはFCEVで語られてきたグリーン水素と同じ構図だ。

出口が見えない技術は、現時点では解決策ではなく希望的観測に近い。

モバイルCO₂回収という発想の既視感

走行中にCO₂を回収するというアイデアは、耳触りがいい。
だが回収量はごくわずかで、装置の重量とエネルギー消費が新たな負担になる。

固定設備でのCO₂回収と異なり、車両に搭載する時点で効率面のハンデは避けられない。

「回収したCO₂を将来活用できる」という説明も、現時点では具体性を欠いている。

レンジエクステンダーという言葉のマジック

ロータリーの生き残り策として頻繁に語られるのが、定常運転・発電専用のレンジエクステンダーだ。

確かに理論上は弱点を緩和できる。
しかし現実の比較対象はロータリー以外の高効率エンジンやBEVである。

その土俵に立った瞬間、ロータリーでなければならない理由はほぼ消える。

「できる」と「やる意味がある」は別問題だ。

MX-30という車が示した現実

MX-30は、BEVとしても、Rotary-EVとしても中途半端だった。

  • 航続距離が短い
  • 価格が高い
  • コンセプトが伝わりにくい

結果として、どの市場セグメントにも深く刺さらなかった。

実売台数を見れば、これは挑戦的成功ではなく、商品としての失敗に近い。

採算は取れているのか?

公式に採算は公表されていない。
だが少量生産、専用開発、低販売台数を考えれば、単体黒字の可能性は極めて低い。

項目 評価
開発コスト 高い
販売台数 少ない
利益率 低い(もしくは赤字)
事業継続性 限定的

MX-30は「売る車」というより、「語るための車」として扱われている可能性が高い。

モビリティーショーとメディアの役割

モビリティーショーでの好意的な反応や、メディアの肯定的コメントは、必ずしもファンの声ではない。

技術的挑戦、環境配慮、物語性。
これらは広報にとって非常に扱いやすい題材だ。

実売台数に結びつかない称賛は、批評ではなく宣伝に近い。

なぜ日本メーカーは「理論上正しい話」を好むのか

日本の製造業では、理論的に間違っていないことが正当性になりやすい。

市場で負けたという事実よりも、「技術的には可能だった」という説明の方が安全だからだ。

ロータリー、FCEV、CNFは、この文化の延長線上にある。

よくある質問(FAQ)

Q. ロータリーは完全に終わったのですか?

量産技術としてはほぼ終わっている。
象徴的存在や限定用途として残る可能性はある。

Q. MX-30はなぜ売れなかったのですか?

価格、航続距離、コンセプトの曖昧さが重なり、明確な購買理由を作れなかった。

Q. CNFやCO₂回収に未来はありませんか?

研究としての価値はあるが、近い将来の主役になる可能性は低い。

まとめ

ロータリー、CNF、CO₂回収、MX-30。
これらは一貫した物語として語られてきた。

しかし実売台数と採算という現実は、すでにその物語を許容しなくなっている。

今求められているのは、美しい理論ではなく、市場と数字に正直な選択だ。

物語が悪いわけではない。
だが、物語だけで車は売れない。